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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1281号 判決

控訴人 細川寅吉

右訴訟代理人弁護士 武並覚郎

被控訴人 浅野千秋

〈外二名〉

右初村尤而法定代理人後見人 浅野千秋

右被控訴人三名訴訟代理人弁護士 寺島祐一

同 家近満直

主文

原判決主文第二、第三項を取り消す。

被控訴人等の第二次請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

原判決主文第四項を取り消す。

この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告細川寅吉(本件の控訴人)と被告浅野千秋(本件の被控訴人)の間の大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二六号家屋明渡請求事件について、昭和三二年七月一二日右当事者及び被告側の利害関係人初村賀代子、同初村尤而(何れも本件の被控訴人)の間に裁判上の和解が成立しその内容として和解調書に記載せられた条項中、

第二項に、原告は右利害関係人両名(賃借人亡初村代四郎の相続人)に対し大阪市東淀川区十三西之町五丁目八番地上所在木造瓦葺二階建西向四戸建一棟中北端上り二軒目の家屋一戸を賃貸借の期間を定めず左記条件にて引続き賃貸すること。

(1)  昭和三二年七月一日から同年一二月三一日までは一ヶ月家賃金二、八〇〇円として毎月末日原告方に持参して支払うこと。

(2)  昭和三三年一月一日から一ヶ月家賃金三、五〇〇円として毎月末日限り原告方に持参して支払うこと。

(3)  利害関係人等は原告に無断で本件家屋の賃借権を譲渡し又は他に転貸し若くは他人を同居せしめないこと。

第四項に、被告は利害関係人両名の第二項所定の家賃金債務に付連帯保証の責に任ずること。

第五項に、利害関係人等に於いて将来第二項(1)(2)の約定家賃の支払を引続き二回以上怠つた時は原告から催告を要せず第二項記載の家屋の賃貸借を解除し利害関係人及び被告に対し直ちに本件家屋明渡並びに未払延滞家賃金請求のため強制執行を受けても利害関係人等は異議を主張しないこと。

第六項に、原告は利害関係人両名の後見人たる被告浅野千秋が本件家屋に同居する事は之を承認する。また将来利害関係人両名が成年に達した時も同様とする。

と各定められていることは当事者間に争がない。(以下前記第二項記載の家屋を本件家屋と、同項記載の条件による右家屋の賃貸借を本件賃貸借と各略称する)。そして原審における証人佐伯栄子、細川潔の各証言及び当審における証人細川光子の証言によれば、控訴人が、本件家屋と棟続きの他の一戸で洋裁店を営んでいる控訴人の娘細川光子に対し前記和解成立後同年八月末頃までは被控訴人等が右店舗に家賃金を持参したときはこれを受領するよう申しつけておいたけれど同年九月に入るとたとえ被控訴人等が同店舗に家賃金を持参することがあつても受領してはならぬと指示し、また同店住み込みの雇人である佐但栄子及び光子の壻の細川潔に対しても同年九月になつてから被控訴人等が右店舗に家賃金を持参することがあつてもすでに八月末日の期限を過ぎたのであるから受領してはならない旨特に指示したことが認められ、右認定の事実と弁論の全趣旨とを考え合はせるときは、和解調書の上では本件家屋の家賃金の支払方法としては前記のように控訴人方(大阪市東淀川区野中北通三丁目六番地)に持参支払うべきものと定められていたけれども当事者間においては和解成立の当時から右約定の外家賃金は前記細川光子方店舗に持参支払つても差支ない旨の合意が成立していたことを推認するに足りる。原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。

被控訴人等が控訴人に対し昭和三二年七月末日に本件家屋に対する同月分の家賃金として金二、八〇〇円を弁済したこと若しくは右金額を控訴人方又は前記細川光子方に持参して弁済の提供をした事実は被控訴人等において主張立証をせず、また同年八月末日までに右七月分と八月分の家賃金各二、八〇〇円の現実の支払を完了していないことは被控訴人等が明かに争はず自白したものと看倣されるところであるがこれに対し被控訴人等は同年八月三一日に被控訴人初村賀代子が右の二月分の本件家屋の家賃金として金五、六〇〇円を前記細川光子方店舗に持参して弁済の提供をしたのに控訴人が受領を拒絶したのであるから被控訴人等の家賃金支払債務の履行につき引続き二回以上遅滞した事実はなく、従つて控訴人のした昭和三二年九月二一日付催告書による賃貸借契約解除の意思表示は無効であると主張する。

そして原審における被控訴人初村賀代子の第一、二回本人尋問の結果中、同人が昭和三二年八月三〇日被控訴人浅野千秋から同人において富士銀行十三支店同人名義の普通預金から払戻しを受けて来た金員の中の五、六〇〇円を受け取つてこれを本件家屋の同年七月分と八月分の家賃金として前記細川光子方店舗に持参し同家の雇人佐伯栄子に家賃金を持参した旨伝えたが結局控訴人の不在を理由に家賃金を受け取らず、翌八月三一日に再び同家に前記金額の現金を持参したが前日と同様の結果に終はつた旨の供述があり、原審及び当審における被控訴人浅野千秋の本人尋問の結果(原審は第一、二回)中に、同人は同年八月三一日富士銀行十三支店の同人名義の普通預金から金一三万円の払戻しを受けその内から本件家屋の同年七月分と八月分の家賃金支払のため金五、六〇〇円を被控訴人初村賀代子に手渡してこれを前記細川光子方に持参させたところ同家に雇はれている婦人が応待し控訴人の不在を理由に右家賃金を受け取らうとしなかつた旨の供述があり、原審証人高島菊子の証言中、昭和三二年八月末日に被控訴人初村賀代子が本件家屋の家賃金支払のため証人宅の南隣りの細川潔方に現金を持参したこと、その帰途賀代子が控訴人の不在を理由に受け取つてもらえなかつたと話した旨の供述があり、被控訴人浅野千秋の前記本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第五号証の一、二(株式会社富士銀行十三支店発行、浅野千秋名義の普通預金通帳)によれば同人が右預金から昭和三二年八月三〇日金九万円、同月三一日金一三万円の各払戻を受けた事実が認められるけれども被控訴人初村賀代子、同浅野千秋の前記各本人尋問の結果並びに証人高島菊子の前記証言は原審における証人佐伯栄子の証言並びに弁論の全趣旨に照らしかつ右各証言供述を相互に対比検討するときはいずれも到底これを信用することを得ず、却つて証人佐伯栄子の前記証言、原審及び当審における証人細川潔の証言、当審における証人細川光子の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(前記措信しない部分を除く)。を総合すれば、被控訴人等が昭和三二年八月末日を過ぎるまで同年七月分及び八月分の本件家賃金の支払をしないので同年九月に入つてから控訴人が前認定のように細川光子等娘夫婦及び同人方の雇人であつた佐伯栄子等に対し爾後被控訴人等が家賃金を持参することがあつても受領しないよう申しつけておいたところ同年九月一八、九日頃になつて本件和解成立後としては初めて被控訴人初村賀代子が前記細川光子方店舗に来て応待に出た佐伯栄子に対し同年七月分と八月分の家賃金を持参したから受取つてくれと申出たので佐伯はかねての言いつけに従つて受取らなかつたところ同月二〇日同家で法要を営んだ当日再び賀代子が来宅して前記二ヶ月分の家賃金の支払を申出たが前同様受領しなかつたことが認められるのである。随つて被控訴人等は前記和解条項第五項に定める賃料支払を引続き二回以上遅滞したというに該当するといわなければならない。

ところで控訴人は被控訴人等の右家賃金の不払により和解条項第五項に従い本件賃貸借は解除せられ因つて被控訴人等につき控訴人に対する本件家屋の即時明渡の義務を生じたものとして右明渡の強制執行のため大阪地方裁判所書記官に執行文の付与を申請し同書記官が同年九月二四日本件和解調書に執行文を付与したことは当事者間に争がないけれども、前記第五項は賃借人又は家賃金債務の連帯保証人たる被控訴人等の側に引続いて二回以上前記和解条項第二項(1)及び(2)所定の賃料債務の遅滞の事実さえあれば右事実を直接の原因として、その他特に賃貸借契約解除の意思表示をするまでもなく本件賃貸借につき即時解除の効果が発生するとの趣旨と解すべきものではなく、被控訴人等に右のような賃料債務の不履行があれば賃貸人たる控訴人の方では民法第五四一条によつて契約解除の要件と定められている履行の催告の手続を経ることを要せずして直ちに解除の意思表示をなし得る旨解除の要件の軽減を合意した趣旨と解するのが相当であるから、控訴人において被控訴人等の右債務不履行を理由として本件賃貸借解除の効果を亨けるためには控訴人から被控訴人初村賀代子、同尤而に対し右賃貸借解除の意思表示をなすことを要するといわなければならないのであり、本件和解調書を債務名義として控訴人から被控訴人等に対する本件家屋明渡の強制執行をするについては本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたとの事実は民訴法第五一八条第二項にいわゆる条件の履行に該当すると解せられ、従つて控訴人が本件和解調書に執行文の付与を受けるについては右契約解除の意思表示をしたことを証明することを要するものである。そして成立に争のない甲第二号証、第三号証の一、二によれば、控訴人は被控訴人等に対し夫々いずれも同年九月二一日付の書留内容証明郵便を以て同年七月分及び八月分の本件家屋の家賃金の支払を遅滞したことを理由として和解条項第五項に基き本件家屋の明渡を求める旨記載した催告書を発信したことが認められ、右催告書の記載はこれをもつて前記和解調書第二項に記載せられている本件賃貸借契約解除の意思表示と解するに十分であり、弁論の全趣旨によれば右書面はその当時被控訴人初村賀代子同尤而等に到達したものと認められるから本件賃貸借契約は終了し控訴人の本件家屋明渡請求権は発生しているばかりでなく、これによつて本件和解調書を債務名義とする本件家屋明渡の強制執行については右調書上定められた執行の条件はすでに履行せられたものというべきである。被控訴人等は、和解成立後未だそれ程の時日を経過せず和解調書の送達も延引している時期に家賃金支払につき僅少の遅滞は生じたとしてもその後間もなく被控訴人等においても誠意を尽して家賃金の受領方懇請したのに拘らず控訴人は頑としてその受領を拒否し賃貸借解除の意思表示をしたのであつて家主として涙なき行動というべく、右解除は権利の濫用か又は信義誠実の原則に反するものとして無効と主張する。しかしながら前認定のように被控訴人等自らの側に先ず裁判上の和解において定められた家賃金支払義務の二回の遅滞が存したからこそ控訴人において和解条項に従い賃貸借の解除権を取得行使したのであつてこのような事実の経過に照らせば右解除は権利濫用と解せられず信義則に違反するものでないことは明かであつて、自己を顧みるところなく一途に控訴人の温情を期待する被控訴人等の右主張は徒らに自己の非を相手方に帰するものというべきもので採用の限りではない。

そして前記甲第二号証、成立に争のない甲第四号証の一乃至三、第七号証の四乃至八によれば本件執行文付与の手続としては控訴人の同年九月一九日付の申請により、大阪地方裁判所裁判官が同月二四日にした命令に基いて同日これを付与したものであることが明かである。

以上認定の事実によれば本件執行文付与の手続は適法であつて何等の瑕疵をも存しないものと認められる。なお請求に関する異議を主張する被控訴人の第一次請求についてはその附帯控訴の申立がないのであるから判断することを要しないところである。

そうすると控訴人は右執行正本によつて適法に控訴人等に対する本件家屋明渡の強制執行をなし得べく、右執行正本に基く執行不許の宣言を求める被控訴人等の本訴第二次請求を亦失当であることが明かであつてこれを認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人等の本訴第二次請求もこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条第八九条を、原判決主文中強制執行停止決定の認可を宣言した部分の取消及びその仮執行の宣言につき同法第五四八条第一、二項を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 日野達蔵)

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